映日紅の花

小さい頃、ピアノのお部屋から脱走するために窓に靴を隠していた。

結局、脱走に成功したことは2,3回しかないのだけど、その時の記憶とよく覚えている匂いが、どこでも嗅いだことがないはずなのにとても懐かしいさわやかなにおい。あのにおいをかぎながら、私はどこにでも行けると思っていた。(その頃、霧のむこうのふしぎな町が好きだったから、どこか違う世界に行く気満々だった)

今でも夏の初めにたまにその匂いがして、その頃の事を思い出す。その匂いがなんなのかはいまだにわからない。スティックのりみたいな匂い…あの匂いの香水があったら絶対買ってしまう。でも自分にしかわからない匂いなので、人に聞くわけにもいかないし。うーん。

霧の向こうなんて私には来なかったし脱走してもすぐ捕まってまたピアノを弾いてた。もうひとりの私はあの匂いを見失わずに霧のむこうに行けたのだろうか。もういいかい、と、後ろから言われている気がする。あのころ逃げ出したくてたまらなくて、ついに逃げ出すことができたもうひとりの私に。わたしは実のならない花になっちゃったよ。ごめんね。そのうち食べられちゃうかもしれない。でもあなたに食べられるならしょうがないかなって思うよ。

 

映日紅の花

映日紅の花

 

 

霧のむこうのふしぎな町 (新装版) (講談社青い鳥文庫)

霧のむこうのふしぎな町 (新装版) (講談社青い鳥文庫)

 

 

ホシキラ

辛い事を乗り越えた時、強くなるしまっすぐに愛することができる。
なんて偉そうに言うけれどそんなの自分での今乗り越えた!なんてわかりやすくわかることじゃなくて、時間をかけて気付いたら前を向けていた、気付いたら強くなれていたっていうのがほんとのところ。

マクロスF、一時期ハマっていました。アニメから映画までのランカちゃんの成長が本当に素晴らしくにじいろくまくまのライブステージで何度泣いたことか。アイドルを目指して突っ走っていた心の幼い女の子は、だきしめて!と目をキラキラさせていた女の子は、やがて「あの人を守れなかったと呟いた君をぎゅっと抱きしめる」と歌い切り、最後には「愛すること 私が選んだ」としっかりと地を踏みしめて立っているのです。目をきらめかせていたころの彼女に、”君の幸せ祈り続ける”なんて絶対歌えなかったとおもうの。また会おうねって、”また”って言えることはとてもつよい。自分が決していくことのできない永遠の彼方にきらめく星さえも歌い上げる強さと愛情。愛情は強くないと持ちえないのです。

ひとつの作品の中でこんなにもリアルタイムで成長を追いかけられた女の子はランカちゃんが初めてでした。とてもうれしかった。おとなになりかけ、思春期を引きずっていた私に寄り添ってくれるような。ランカちゃんは素敵な女の子でした。

生まれ変わってもこの銀河に君を見つける
(ホシキラ/ランカ・リー

この曲は本当に私の人生の答えみたいな曲でした。こんなふうに生きれたら。

 

ホシキラ

ホシキラ

 

 

むかし、歯がこわかった。骨だと思ったのだ。人間の中にある、火で焼かないと出てこないものが生きている間にむき出しにされている。それだけで、みんな中身が骨だということをまざまざと思い知らされるみたいで。

そのあと大きくになるにつれて、歯が骨とは違うことを知った。そして初めて親族の骨を拾った。「喉仏が大きいですね、声がよかったんでしょう」と、火葬場の人が言っていたことを覚えている。肝心の骨の記憶はないのだけれど。

今でも足の指がこわい。骨が透けて見えるみたいで。ひぐらしのなく頃にの初期のOPで暗闇から出てくる足はすごくこわかった。パンプスも、指がぎゅってなるかんじが骨を感じさせてこわい(でも好きだから履く)。

知り合いのお父様は散骨したらしい。それはとても素敵だ。ダイアモンドが作れるというのもとても気になるけれど、ぼったくりが多いらしくて少し怖いな。絵具と混ぜて絵を描くことはほんとうにできるのだろうか。そのとき、あなたはどんな絵をかいてくれるだろう。

そんなことをいっても私はまだ、あなたの骨を撒くことも、ダイアモンドにすることも、絵具と混ぜることもきっとできない。たぶん慣例と同じく骨を拾って壺に入れて、石の下に埋める。存在しなくても、いつまでも、確認したいのだ。あなたという人がそこにいることを。海に撒いても絵をかいてもきっと感じられない。お墓の前で泣かないでくださいって言われてもきっと泣く。

優しさは切ない。消えてしまうから。優しさの未来を見ずに、優しさを自分の強さとして受け止められる人になりたい。

 

骨

 

 

異邦人

今日は外出にイヤホンを忘れてしまってショックです。異邦人聴きたいって朝から思ってたのに…。

異邦人は中東をイメージして作られたと最近知ったのですが、何も知らずに聞いた私の中で異邦人は、小さい頃連れていってもらった函館を思い出しました。

坂と海と教会が見える街。スキー場からは海の向こうに室蘭が見えました。
雪の朝に摩周丸を見に行った帰りに、路上で置物や雑貨を売っているおじいさんに「お嬢ちゃんとこの犬の置物、交換しようや」と声をかけられたこと。
日本と欧州と少し残るアイヌの香り。全てが私の住んでいた場所とは違ったのです。それはとても強烈で、この歌を聴いた時ぱあっとあの時の光景がフラッシュバックしました。

祈りの声 ひずめの音 歌うようなざわめき
(異邦人/久保田早紀

もしかしたら函館のスキー場でこの曲が流れていたからかもしれないけれど!こどもたちが空に向かい両手を広げ、というフレーズをその時からずっと覚えていたのです。

 

異邦人

異邦人

 

喝采

いつものように幕が開き
恋の歌うたう私に
届いた報らせは 黒いふちどりがありました
(喝采/ちあきなおみ

こんな経験はまだないのです。
ただ、大事な人がいつ遠くへ行ってしまっても、人は皆いつか遠くへ行ってしまうものだという事を忘れないために、いまの仕事をしています。

死ぬという事はとても非日常でこわいことだから、でもそれを忘れて過ごすことはもっとこわいから、人は皆そうであることを常に忘れないために。私は能天気なので、人が変わってしまうことをいつも気付かずにいて、気付いた時にとてもショックを受けるのです。

喝采を聴いたときこんな直接的な歌詞があるなんてと、これを流してしまってよいのかと、周りを伺ったのですが、周りのこの歌を知っている世代の方はみんなしみじみと聞き泣いていました。きっとそういう歌なのだ、直接的だからこそ生きている人が前を向いていく歌なのだと、その時に思いました。

私のうたは遠くへ行く方に、そしてこれからを生きていく人に届く歌でありたい。タイトルの「喝采」の意味が、少しだけわかった気がしました。

 

喝采

喝采